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63:名乗るほどの者ではない 5/31 4:18
「病院の窓」
救急車専用入口の赤いランプが点滅している
近づいてくるサイレン
胸がきゅうっと熱くなる
一週間前
わたしたちはあの扉をくぐった
あんなに響きわたっているサイレンさえ、意識せずに
おかあさん
酸素マスクの位置を直す
顔にあとがついてしまうような気がして
おかあさん
毛布のすそを意味もなく直す
あなたが目覚めもしないのに
おかあさん
ここでしっかり話は聞いて
助からない理屈も重々わかったけど
やっぱり別れはつらいです
明かりが落ちた廊下の自販機にコインを入れると
ポカリがごとんと落ちてくる
あなたにどんなコインを入れたら
もういちど笑顔に会えるのでしょう
おかあさん
あなたの心音など一度も意識したことはなかったのに
今モニターから響いている電子音だけが
わたしの気持ちの支えです
あなたのおなかで育ったわたしが
ずっと聴いていたリズムですね
でもね
何もそんなにいそいで死ななくても
いいんじゃないかしら
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