新10 1-
107:もうきん 12/7 20:4
「雨」
雨が冷たい午後に夕刊が遅れて
いつもは集金にしかこないはずのおじさんが
とっぷり暮れた道を軽トラックで配達にきて
今朝とつぜん休みたいっていうから
そんな急にはだめだって言ったのに待ってても来やがらねえ
まったく今の子は何を考えてるのかわからないから困る
おじさんは母にこぼしたそうです
その日護国寺にすごい数の傘があふれて
夜になってもそれは絶えなくて
尾崎豊がめちゃめちゃ好きで
何がなんでも葬儀にいきたかったらしいとおじさんは言いました
まったく今の子はテメエのことしか考えていやがらねえ
配達していたのは19歳の新聞奨学生で
そのあとまもなく仕事をやめて故郷へ帰りました
おっかさんのおっぱいが恋しくなっちゃったんじゃないの?
半年もつとめられないで福岡に戻ってこれからどうするのやら
せっかくはいった専門学校もやめちゃったしね
ご両親も心配するだろうとずいぶん説得したけどもうぜんぜん耳もかさなかった
おじさんは疲れた顔をして言ったそうです
その日護国寺にすごい数の傘があふれて
夜になっても駅の混雑が続いて
でもそんな話を聞いたのはずっとずっとあと
尾崎豊の十三回忌に発売されるアルバムのポスターがサティのDVD売場に大きく貼ってあるのを見て
いっしょに買い物にきた母が突然思い出したのでした
それから護国寺を通りすぎるたびに
決まってわたしはその人を思うのです
ううん、尾崎豊じゃなくって
福岡からひとり出てきて、新聞販売店の寮ですこしの間くらして
大好きだった尾崎豊を雨のなか見送って
また帰っていった人がいたのを思い出すのです
名前すら知らないし、もちろん顔だって知らないのに
そのとき19歳だった
その人を

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